05. An intellectual monster
(知的な魔物)
チーグルってのはみゅうみゅう鳴くぬいぐるみみたいな魔物だった。
しかも住処らしい大木の中にうじゃうじゃいた。
聖獣とか言ってたからもっと神々しいのを想像してたんだけどな。
可愛いっちゃ可愛いけど、ルークが言うように確かに少しウザいかも。
1、2匹だったらまだしも、こんだけいるとね…。
でもチーグルってのは、そんな外見だけど知能は高いらしく(ソーサラーリングとかいう不思議アイテムの力を借りてだが)人間の言葉も喋れるらしい。
チーグル達がエンゲーブで盗みを働いていたのは「食糧を持って来なければお前らを喰う」とライガという魔物に脅されていたからだと長老が言った。
ライガは、チーグルの仔が火事を起こしちゃって森が焼けたために住処を追われたので、チーグルを餌にしようとこの森に移ってきたらしいのだ。
その話を聞いた時、一瞬、ドラマとかで見る借金の取り立てにくるヤクザさんなんかの映像が頭をよぎった。
借金をしたのが悪いんだけど、そこまですることないじゃん、って感じのあれ。
ルークは結構シビアで「弱いモンが食われるのは当たり前だろ。しかも縄張り燃やされりゃ頭にも来るだろーよ」なんて言ってるけど、イオンはすっかりチーグルに同情している。
私はルークの意見に賛成だけど、このまま放っておくのもなんだかな。
ルークもそう思ったのかイオンがライガと交渉しようと言いだしても特に反対はせず、結局ライガに会いに行くことになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
イオンが自信たっぷりに交渉しよう、って言ってたから任せようと思ってライガ・クイーンの住処についても黙っていると、イオンはとんでもないことを言い出した。
「彼らにこの土地から立ち去るように言ってくれませんか?」
「は、はいですの。みゅ、みゅうう、みゅうみゅう……」
「ちょ、ちょっと待って!ミュウ、「ごめんなさい今のなし、ちょっと待って」って言って!」
「は、はいですの。みゅう、みゅ、みゅうみゅ…」
「?!何でそんなこと言うんですか?」
「それはこっちのセリフよ、イオン!あなた交渉するって言ってなかった?」
「だから今、交渉しようとしてたんじゃないですか」
きょとんとした顔でこちらを見るイオンに思わず頭を抱えたくなった。
イオンは優しいし物腰も柔らかだが、どうやら(無自覚)貴族的思考回路の持ち主らしい。
「此処を立ち去れ、そうでなければ殺す、ってのは交渉じゃなくて脅迫っていうの!
しかもその場合、命を危険にさらして戦うのはイオンじゃなくてルークでしょ?!」
「!」
望みを叶えるのに、対等な立場に立つのではなく上から命令し、命令を聞き入れなければそれが罪だとばかりに相手を殺す。
そのうえ自分は手を汚さないで部下に指示をするだけ。
完璧、お貴族様の行動パターンだ。
イオンって実はルーク並のお坊ちゃんなのかも。
イオンは相手が要求を呑まなかった場合誰が戦うか、ってことまでは考えていなかったらしく、私の言葉を聞いて強張った顔でルークを見た。
その目が訴えているのを言葉にすると「そんなつもりはなかったんです、ごめんなさい」ってところかな?
「交渉する、って言うから何か取引に応じてもらえるような材料があるのかと思ってたのに。
新しい住処になりそうな別の森を知っているとか、チーグルの代わりに教団からお金を出して食料を確保するとか。
何もないの?」
「…この辺りの地理に詳しいわけではありませんし、今は教団の代表としてではなく僕個人として動いているだけですから…」
ライガ・クイーンは卵が孵化するところだから気が立っている。
ライガの子供は人を好んで食べる。
取引材料は何も無し。
万事休すって感じ…。
「困ったわね…。ミュウ、ライガ達が住めそうな、人里から離れた場所にある森ってどこか知らない?」
「みゅうぅ…1つだけ知ってるですの。でも卵を産んだライガさんには移動してもらえなかったんですの。
それに…ボクが火事を起こしちゃったからライガさんの仲間が大勢死んで、餌を捕りに行くライガさんがいなくなっちゃったんですの」
「なるほどね…。じゃあ、こういうのはどうかしら」
なんとかぎりぎり取引できそうな案を思いついて提案してみる。
「住処と仲間の命を奪ったお詫びとして、卵が孵化するまではチーグルが餌を提供する。
イオンがチーグルに盗みを働かせたくないっていうなら、教団のお金でも自腹切ってでも何とかしてチーグルの代わりに食糧を確保すればいい」
卵はもうすぐ孵化するらしいし、イオンはお坊ちゃまっぽいからそれくらい自分のポケット・マネーでも賄えるんじゃないかな。
「それで孵化したら、ライガ達にはミュウの言っていた森に移ってもらう。
孵化しても人間やチーグルを襲わないで森を移動すると約束するなら、人間もライガに手を出さない」
今この時点で人間が乗り込んできたら、卵を守らなきゃいけない分ライガの方が圧倒的に不利だ。
だから何とか取引になるんじゃないかと思うんだけど。
「イオンがこの案には賛成したくないと思うか、ライガがこの取引に応じなかった場合は速やかにこの場を退きエンゲーブに戻る。
それで軍人さんにでも事情を話してライガの討伐に来てもらう。
チーグルを助けるためってんじゃ無理でも、村の存亡がかかってるんだから事情を話せば動いてくれるでしょ。
一応言っておくけど今戦うってのは絶対に反対だからね。
この場で戦力になるのはルーク1人だけなんだから」
これでどうだ、とイオンの顔を見ると、イオンは何か考えながらおずおずと口を開いた。
「ボクはお金を出しても構いませんが、そんな約束魔物が守るでしょうか?」
「大丈夫だと思うよ。こうして人間もライガの存在を知ったからライガを迎え撃つ準備ができる。
武器を持った人間を敵に回したらライガの被害も大きいってことくらいわかるでしょ。
それに、ライガってすっごく頭がいい魔物みたいだし」
「頭がいい、ですか?」
イオンは意外なことを聞いた、という顔をした。
「ええ。今だって、むやみやたらと襲いかからずに私たちが話を切り出すのを待っていてくれてるじゃない。
それに何よりライガは復讐の為にチーグルを襲わなかった。
住処を奪い、仲間を殺した張本人であるミュウすら殺さず、罪を償う機会を与えてくれてる。
そっちの方が都合がよかったってのもあるんだろうけど、復讐の為に罪のない子供にまで手をかける人間だっているんだからそこらの人間なんかよりよっぽど理性があるって言えるんじゃない?」
私の言葉を聞いて、ミュウがびくっとしたのが目の端で見えた。
虐めるつもりはないけど、慰めたりもしない。
だって本当のことだしね。
「……わかりました。
ミュウ、さっきが言った条件ををライガに言ってください」
「は、はいですの!みゅ、みゅうう、みゅうみゅう……」
取引を持ちかけている間ライガ・クイーンにガン見されてちょっと怖かった。
まさか、ライガ・クイーンって喋れないだけで人間が何言ってるかわかってたりするんじゃ…?
そ、そんなわけないよね、うん。
でもまあ、取引には応じてもらえて、人間とライガの(一時的な)不可侵条約を結ぶことに成功したから、ま、いっか。
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